キリシタン大名の功績たどる
戦国時代末期、キリスト教の洗礼を受けた大名、有馬晴信(1567~1612年)の没後400年に合わせ、晴信ら九州のキリシタン大名の功績をたどる「キリシタン大名サミット」が6月2、3両日、南島原市北有馬町の北有馬ピロティー文化センターを中心に開かれる。関係者は「各大名が残した歴史を掘り起こす機会にしたい」と参加を呼び掛けている。
晴信は、同町にあった日野江城を拠点に、日本初の神学校「セミナリヨ」の設立や天正遣欧少年使節団の派遣を手掛けた。1612年6月5日、甲斐国(現在の山梨県)で斬首された。
サミット初日の2日は、キリシタン大名に詳しい上智学院理事長の高祖敏明氏が基調講演。晴信、大村純忠、小西行長、大友宗麟の研究者らによるパネル討論のほか、地元小中学生の聖歌隊による朗読劇などもある。
3日は、関連史跡を巡る散策などを予定。期間中、近くの空き店舗を利用した会場では、普段公開されていない日野江城の金箔(きんぱく)瓦といった出土品などを展示する。
高祖氏は「キリシタン大名の歴史は江戸幕府による禁教令などで消されている」と指摘。サミットに向け「研究者の報告で、各大名の関連性や当時の日本に与えた影響が分かるのでは。埋もれた歴史を再発見してほしい」と強調。準備を進める有馬歴史研究会の佐藤光典会長も「400年前に海外を見据えていた晴信の働きを地元の人たちに知ってほしい」としている。
問い合わせは同実行委(電050・3381・5030)。
【編注】高祖敏明氏の高は、口が目の上と下の横棒なし
(2012年5月24日 長崎新聞)