地方点描:イコン[大館支局]

 日本最古のビサンチン様式木造建築として知られる大館市の北鹿ハリストス正教会曲田福音聖堂を訪れた。正教をテーマにした講演を聞くためだ。聖所に座り、イコノスタスと呼ばれる壁を向いて司祭の講演を聞いた。

 聖所と至聖所を仕切っているこの壁に、日本初の女性油絵画家といわれる山下りん(1857〜1939年)によるイコン(聖画像)が描かれていた。1892年の聖堂建設に合わせて描いたというから、120年近い歳月が流れたことになる。正教会の建築物で見られるような無機質なイコンと違い、タッチが柔らかく温かい。このイコンのおかげで、曲田聖堂は小さな宝石箱のような印象を受ける。

 講演で参加者から質問が出た。イコンの手入れはどうしているのか、と。芸術作品の維持管理はどこでもコストと人手がかかる。それを心配しての問いなのだろうが地元の釜谷幹雄輔祭の答えはちょっと意外。「特別な手入れはしていません。イコンは芸術品でありませんから。ここに積もっているのも百年前のほこりです」

 にっこり話しながらも口調は揺るぎない。そこに8世紀から9世紀にかけて2度も東ローマ帝国を吹き荒れた聖像破壊運動の陰と、それに伴う過酷な迫害を思った。イコンは芸術かが問題でなく、信仰の根幹にかかわるのだろう。

 明治から大正にかけての一帯は信徒数200人を超す正教の一大中心だった。魂を揺さぶるりんのイコンを通じて、雪深いこの地に住む多くの信者が神を見い出したことだろう。聖堂はクリスマスに合わせ、23日に一般公開される。

(2009年12月18日 秋田魁新報)