他に、著者が別学のメリットとして
あげている点を項目ごとに列挙してみる。
1.女子はリーダーシップを発揮できる
2.男子は女子任せにしないで雑事(清掃など)もできる
3.女子校はしつけ・生活指導をしっかりしてくれる
4.女子校に見られる清潔感
5.たくましい男子が育つ男子校
6.教師のサポート(きめ細かな指導)を受けやすい
7.一生付き合える友だちに多く出会える
つまり逆に言うと、共学では……
1.女子はリーダーシップを発揮できない
2.男子は女子任せにして雑事をしない
3.しつけ・生活指導がしっかりできない
4.清潔感は見られない
5.たくましい男子が育たない
6.教師のサポートを受けにくい
7.一生付き合える友だちにはそれほど出会えない
ということになるが、果たしてどうだろう
確かに傾向としてあるかもしれないが、
非常に偏った、単純な男女観である。
「1」~「3」は教師の指導いかんでどうにでもなる。
別学の方が「指導しやすい」からというだけの
理由では、あまりにも安易過ぎる。
「自分らしくのびのび」という文言が
たびたび繰り返されるが、もちろんこれも
学級経営上の努力によって克服すべき課題。
「4」などは、実際に「異性の目」を気にしなくていい
別学校(もちろん女子校も含め)の汚さを目の当たりにすれば、
美しい誤解はおそらく瞬時に打ち砕かれるだろう
女子校では、異性を気にし過ぎることで生じる窮屈さから解放され、より自由な雰囲気のなかで、学校生活を送ることができます。男女別学は、それぞれの特性だけでなく、人間として一人ひとりが持つ個性と才能を開花させ成長させるのにより好ましい教育環境だとも言えるのです。
「解放感」あふれた女子校の教室で授業をする
男性教師の苦労と気遣いは察するに余りある
(逆もまたしかり……)
「清潔感に満ちた女子校」
は、資金力があって
専門業者が清掃を担っている一部の「お嬢様校」である
(もちろん、例外はあるだろうが)。
極めつけは「5」。
保護者の期待として「3」や「5」があるのは重々分かる。
しかし、男子校で肩身の狭い思いをする
決して「たくましい」とは言えない男子たちを幾人も見てきた。
そしてここにこそ、特定の男子像、女子像を
押し付けることになりかねない別学の危うさがある。
「6」は、別学かどうかより、むしろ
クラスの人数によるところが大きい。
たとえ共学であっても、一人ひとりに目が行き届けば
クリアできる問題である。さらに言えば、
「きめ細か」過ぎることの弊害も忘れてはならない。
最後に「7」。
一生付き合っていける友だちとして考えたとき、対象となるのは同性の方が多いでしょう。別学であれば、そんな唯一無二の存在となりうる対象がたくさんいて、そこから自分に合う人を選ぶことができるのす。
うーん……ここまで来ると、もはや
思い込みとしか言いようがない。
(次回、最終回につづく)
あげている点を項目ごとに列挙してみる。
1.女子はリーダーシップを発揮できる
2.男子は女子任せにしないで雑事(清掃など)もできる
3.女子校はしつけ・生活指導をしっかりしてくれる
4.女子校に見られる清潔感
5.たくましい男子が育つ男子校
6.教師のサポート(きめ細かな指導)を受けやすい
7.一生付き合える友だちに多く出会える
つまり逆に言うと、共学では……
1.女子はリーダーシップを発揮できない
2.男子は女子任せにして雑事をしない
3.しつけ・生活指導がしっかりできない
4.清潔感は見られない
5.たくましい男子が育たない
6.教師のサポートを受けにくい
7.一生付き合える友だちにはそれほど出会えない
ということになるが、果たしてどうだろう

確かに傾向としてあるかもしれないが、
非常に偏った、単純な男女観である。
「1」~「3」は教師の指導いかんでどうにでもなる。
別学の方が「指導しやすい」からというだけの
理由では、あまりにも安易過ぎる。
「自分らしくのびのび」という文言が
たびたび繰り返されるが、もちろんこれも
学級経営上の努力によって克服すべき課題。
「4」などは、実際に「異性の目」を気にしなくていい
別学校(もちろん女子校も含め)の汚さを目の当たりにすれば、
美しい誤解はおそらく瞬時に打ち砕かれるだろう

女子校では、異性を気にし過ぎることで生じる窮屈さから解放され、より自由な雰囲気のなかで、学校生活を送ることができます。男女別学は、それぞれの特性だけでなく、人間として一人ひとりが持つ個性と才能を開花させ成長させるのにより好ましい教育環境だとも言えるのです。
「解放感」あふれた女子校の教室で授業をする
男性教師の苦労と気遣いは察するに余りある

(逆もまたしかり……)
「清潔感に満ちた女子校」
は、資金力があって専門業者が清掃を担っている一部の「お嬢様校」である
(もちろん、例外はあるだろうが)。
極めつけは「5」。
保護者の期待として「3」や「5」があるのは重々分かる。
しかし、男子校で肩身の狭い思いをする
決して「たくましい」とは言えない男子たちを幾人も見てきた。
そしてここにこそ、特定の男子像、女子像を
押し付けることになりかねない別学の危うさがある。
「6」は、別学かどうかより、むしろ
クラスの人数によるところが大きい。
たとえ共学であっても、一人ひとりに目が行き届けば
クリアできる問題である。さらに言えば、
「きめ細か」過ぎることの弊害も忘れてはならない。
最後に「7」。
一生付き合っていける友だちとして考えたとき、対象となるのは同性の方が多いでしょう。別学であれば、そんな唯一無二の存在となりうる対象がたくさんいて、そこから自分に合う人を選ぶことができるのす。
うーん……ここまで来ると、もはや
思い込みとしか言いようがない。
(次回、最終回につづく)










冷泉彰彦氏のコラムで「北関東以北」で公立高校の男女別学が残っていることなど、一刻も早く解消すべきではないかと思うのです。
という一文。
福島の県立高校共学化をモデルに北の宮城、南の栃木・埼玉・群馬では共学化の動きは正反対の結果になりました。
宮城は在校生やOB・OGが反対運動をしたが、県教委の関係者が会議で共学化を実施したのに対し、埼玉や栃木、群馬では反対運動を受けて共学化を見送った経緯がある。
福島・宮城の人はこの3県の県立高校共学化に対しては「余所者が口を出すべきではない」と私は思う。あえて言うなら共学化した結果「福島・宮城ではこういうメリットがあったが課題も残った。共学化で全てが丸く収まるわけではない。」とリターンとリスクを説明する程度でいい。
埼玉の場合「似非フェミの正義埼玉県立高校一律共学化はなぜ頓挫したか」という 小山芳立という人が書いてあるブログを検索してみて下さい。
他にもBLOGOSには「男女別学を残すべき?それとも完全共学を実現すべき?」(2012年07月23日)とのブログがあり各論があって面白い。
なぜ今頃コメントしたか。
AERA10/13号「女子校ではリーダーが生まれやすい? その理由」を読んだためで、育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が「通常、女性は理系科目が苦手と言われますが、海外の調査によると、女性でも女子校の生徒ほど、物理や数学などの理系教科を選択する可能性が高いという結果が出ています。女子校の生徒のほうが自分のことをあえて『女性だ』と意識しにくく、女子だけでいるほうがかえってジェンダーフリーなのです」
参ったなぁ、「ジェンダーフリー」を振り回すとは…。このおおたとしまさ、という人は。この人も中井俊巳氏と同じく別学礼賛(但し名門進学校に限る)の著書「男子校という選択」「女子校と言う選択」がある。
こういう女子校出身者が醸し出す「フェミニズム」「ジェンダーフリー」思想からくる政策がどれだけ非婚化・少子化などを日本の諸問題を産みだしたか、「わかっているのか!」と冷や水を浴びせたくなったのです。
AERAが書いた女性リーダーの代表が。
勝間和代、坂東真理子、水島広子…。
典型的なフェミニスト。
まだ言い足りない、紹介しきれない著書がある。
そして松ちゃんさんはクリスチャンなので逆に聞きたいことも。
macchan1109
が
しました