日本男女別学教育研究会なるものが、
2009年4月1日に発足し、その初の研究会となる
「第1回 男女別学教育シンポジウム」が、
今月10日に市ヶ谷で開かれた……ことをネットで知った。
同研究会の「設立趣意」にはこうある(抜粋)。
欧米では、最近の脳科学の研究や男女間の違いに着目した理論にもとづいて、いま、男女別学教育のよさが次第に見直されてきています。
ひとり一人の個性を尊重する教育が子どもを伸ばすことができるように、男女の違いを尊重した教育をおこなうことよって、子どもは伸び伸びと学校生活を送り、自分の能力をより伸ばしていけます。
その新しい潮流は、数年後、必ずや日本にもやってくるでしょう。
そこで、本研究会は、現在国内外で行われている男女別学教育の良さをいち早く研究し、日本の教育に生かす提案をするために発足しました。
未来を担う子どもたちの健全な教育に貢献できることを祈願し活動してまいります。
会の「目標」は以下の3点。
★ 男女別学の良さを多くの人に伝えていこう。
★ 男女それぞれの特性に応じた教育を応援していこう。
★ 子どもたちの素晴らしい人間性を高め、
学力も向上させる提案をしていこう。
「おもな活動内容」としては、
1.男女別学教育についての国内外の
新しい情報を収集し、研究・調査をする。
2.研究・調査によって得たことをもとに、
会報(メルマガ)・論文・書籍を執筆し発行する。
3.各マスメディアを通しても、一般の方に
広く関心をもっていただくために、
研究報告会・積極的な取材協力をおこなう。
同研究会の中心になっているのが、先月
の本を
出版した中井俊已氏。

中井俊已『なぜ男女別学は子どもを伸ばすのか』
(学研パブリッシング・2010/7)
「男女別学をすすめる」といっても、
男女共学を否定するものではないらしい。
「ひとり一人の個性を尊重する教育が
子どもを伸ばすことができるように、
男女の違いを尊重した教育を行うことよって、
子どもは伸び伸びと学校生活を送り、
自分の能力をより伸ばしていけます」
著者自身は、大学まで男女共学の学校で学び、
特に不満をもったことはないものの、教員として23年間、
小・中一貫教育の男子校で勤めてきた経験や
隣接する同じ学園の女子校の様子を
見聞きすることなどから、男女別学の良さについて
知るようになったという。
そして、現在の公教育のあり方を憂いつつ、
次のような考えをもつに至る。
1.男女別学教育によって、男女の違いを
尊重した教育ができ、子どもたちの良さをより伸ばせる。
2.子どもたちが互いに異性を敬い
大切にする心と態度が育つ。
3.男女の違いを考慮した授業ができ、
子どもたちの学力がより向上する。
著書の帯
にあるように、
東大合格トップ校の9割が男女別学、
イギリスでも、学力トップ校の9割は男女別学
…というのも、主張の根拠になっているようだ。
さて。ここからが松ちゃん'sおぴにおん。
同じく教員として、国内でもまれな男子小学校に勤めた
経験から、私はまったく正反対の考えに至っている。
1.男女共学教育によって、男女の違いを
尊重した教育ができ、子どもたちの良さをより伸ばせる。
2.共学でこそ、子どもたちが互いに異性を敬い
大切にする心と態度が育つ。
3.共学でこそ、男女の違いを学校生活全般を通して学び、
子どもたちの人間性、ひいては親としての資質がより向上する。
もちろん、小・中・高という段階によって
意味合いが異なってくると思われるが、
少なくとも子ども自身である程度の選択・判断が
できるまでは共学であるべきだと思う。
せめて義務教育までは…。
周知のとおり、別学は主に私立、しかもキリスト教系の
いわゆるミッションスクールに多い。
確かにこれらの学校が、女子教育の分野で果たしてきた
歴史的な役割は大きい。
かつて、カトリックとプロテスタントの私立学校合同による
懇談会で、東京女子大学の湊晶子学長(当時)が
「今、あえて何故女子教育か」と題して講演したことがあった。

湊晶子『今、あえて何故女子教育か』
(ドン・ボスコ社・2007/2)
この中で湊氏は、女子教育の果たしてきた役割は
論じつつも、今なお別学であることの意義については
ほとんど触れられなかった。
かろうじてそれに言及しているのは、以下の箇所。
最近良妻賢母思想が形を変えて現代女性の内面に息づいているように思えてなりません。女性同士ですと何事に対しても甘えはなく、むしろ厳しさがあり、かえって自信とリーダーシップが育ちます。女子大学はビジョンとパッションをもって自分の可能性やミッション(使命)を探すことができる場でもあります。甘えから解放されてどのような状況に置かれても責任が取れる人間力のある女性でなければ多様性のある女性のキャリアを全うすることは不可能でしょう。キリスト教に立脚したリベラル・アーツ教育、人格教育は、それを可能にするのです。
確かにそういう一面はあるかもしれないが、
これですら「女性同士だから…」と言い切れる
科学的な根拠は薄い。
奇しくも、同じ「懇談会」のパネルディスカッションにおける
田中弘志氏(女子学院院長)の発言が、そのことを証明している。
「しかし、間違ってはいけないのは、女子教育の方が共学より優れているということではない。女子教育もあるし、共学の教育もある。生徒がそれを選ぶということが大事である」
そもそも、子どもの「学力(成績)」が伸びることを
「別学の良さ」として喧伝することには大いに違和感を覚える。
東大合格者に別学の出身者が多いのは、
地方のいわゆる「進学校」(主に公立)がいまだ共学化に
踏み切れていない現状の反映だと思われる。
私自身、高校時代の3年間は男子校で過ごしたが、
それはあえて別学を選んだわけではなく、
他に選択肢がなかったからである。
さらに言えば、国籍や家庭環境、思想・信条、
興味・関心、心身の発達度合いが異なる子どもを
異なる学校で教えることが「違いを尊重」する
ことにはならないように、異なる空間で学びながら、
男女の違いを「尊重」できるわけもなく、ましてや
身近に存在しない異性を「敬い大切にする心と態度」など、
どうやって育てるというのだろうか。
この意味において、今あえて「別学がいい」と
主張することにどれほどの意味があるのか。
むしろ、面倒な気遣いや緊張感もありつつ
(教師にとっては「余計な」生活指導の手間も増える?)、
日常的に異性と接する中で、他者を理解し、
自らの「性」を客観視できる自律した大人を育成することこそ、
国際化の時代において、「未来を担う子どもたちの健全な教育」
と言えるのではないだろうか。
2009年4月1日に発足し、その初の研究会となる
「第1回 男女別学教育シンポジウム」が、
今月10日に市ヶ谷で開かれた……ことをネットで知った。
同研究会の「設立趣意」にはこうある(抜粋)。
欧米では、最近の脳科学の研究や男女間の違いに着目した理論にもとづいて、いま、男女別学教育のよさが次第に見直されてきています。
ひとり一人の個性を尊重する教育が子どもを伸ばすことができるように、男女の違いを尊重した教育をおこなうことよって、子どもは伸び伸びと学校生活を送り、自分の能力をより伸ばしていけます。
その新しい潮流は、数年後、必ずや日本にもやってくるでしょう。
そこで、本研究会は、現在国内外で行われている男女別学教育の良さをいち早く研究し、日本の教育に生かす提案をするために発足しました。
未来を担う子どもたちの健全な教育に貢献できることを祈願し活動してまいります。
会の「目標」は以下の3点。
★ 男女別学の良さを多くの人に伝えていこう。
★ 男女それぞれの特性に応じた教育を応援していこう。
★ 子どもたちの素晴らしい人間性を高め、
学力も向上させる提案をしていこう。
「おもな活動内容」としては、
1.男女別学教育についての国内外の
新しい情報を収集し、研究・調査をする。
2.研究・調査によって得たことをもとに、
会報(メルマガ)・論文・書籍を執筆し発行する。
3.各マスメディアを通しても、一般の方に
広く関心をもっていただくために、
研究報告会・積極的な取材協力をおこなう。
同研究会の中心になっているのが、先月
の本を出版した中井俊已氏。

中井俊已『なぜ男女別学は子どもを伸ばすのか』
(学研パブリッシング・2010/7)
「男女別学をすすめる」といっても、
男女共学を否定するものではないらしい。
「ひとり一人の個性を尊重する教育が
子どもを伸ばすことができるように、
男女の違いを尊重した教育を行うことよって、
子どもは伸び伸びと学校生活を送り、
自分の能力をより伸ばしていけます」
著者自身は、大学まで男女共学の学校で学び、
特に不満をもったことはないものの、教員として23年間、
小・中一貫教育の男子校で勤めてきた経験や
隣接する同じ学園の女子校の様子を
見聞きすることなどから、男女別学の良さについて
知るようになったという。
そして、現在の公教育のあり方を憂いつつ、
次のような考えをもつに至る。
1.男女別学教育によって、男女の違いを
尊重した教育ができ、子どもたちの良さをより伸ばせる。
2.子どもたちが互いに異性を敬い
大切にする心と態度が育つ。
3.男女の違いを考慮した授業ができ、
子どもたちの学力がより向上する。
著書の帯
にあるように、東大合格トップ校の9割が男女別学、
イギリスでも、学力トップ校の9割は男女別学
…というのも、主張の根拠になっているようだ。
さて。ここからが松ちゃん'sおぴにおん。
同じく教員として、国内でもまれな男子小学校に勤めた
経験から、私はまったく正反対の考えに至っている。
1.男女共学教育によって、男女の違いを
尊重した教育ができ、子どもたちの良さをより伸ばせる。
2.共学でこそ、子どもたちが互いに異性を敬い
大切にする心と態度が育つ。
3.共学でこそ、男女の違いを学校生活全般を通して学び、
子どもたちの人間性、ひいては親としての資質がより向上する。
もちろん、小・中・高という段階によって
意味合いが異なってくると思われるが、
少なくとも子ども自身である程度の選択・判断が
できるまでは共学であるべきだと思う。
せめて義務教育までは…。
周知のとおり、別学は主に私立、しかもキリスト教系の
いわゆるミッションスクールに多い。
確かにこれらの学校が、女子教育の分野で果たしてきた
歴史的な役割は大きい。
かつて、カトリックとプロテスタントの私立学校合同による
懇談会で、東京女子大学の湊晶子学長(当時)が
「今、あえて何故女子教育か」と題して講演したことがあった。

湊晶子『今、あえて何故女子教育か』
(ドン・ボスコ社・2007/2)
この中で湊氏は、女子教育の果たしてきた役割は
論じつつも、今なお別学であることの意義については
ほとんど触れられなかった。
かろうじてそれに言及しているのは、以下の箇所。
最近良妻賢母思想が形を変えて現代女性の内面に息づいているように思えてなりません。女性同士ですと何事に対しても甘えはなく、むしろ厳しさがあり、かえって自信とリーダーシップが育ちます。女子大学はビジョンとパッションをもって自分の可能性やミッション(使命)を探すことができる場でもあります。甘えから解放されてどのような状況に置かれても責任が取れる人間力のある女性でなければ多様性のある女性のキャリアを全うすることは不可能でしょう。キリスト教に立脚したリベラル・アーツ教育、人格教育は、それを可能にするのです。
確かにそういう一面はあるかもしれないが、
これですら「女性同士だから…」と言い切れる
科学的な根拠は薄い。
奇しくも、同じ「懇談会」のパネルディスカッションにおける
田中弘志氏(女子学院院長)の発言が、そのことを証明している。
「しかし、間違ってはいけないのは、女子教育の方が共学より優れているということではない。女子教育もあるし、共学の教育もある。生徒がそれを選ぶということが大事である」
そもそも、子どもの「学力(成績)」が伸びることを
「別学の良さ」として喧伝することには大いに違和感を覚える。
東大合格者に別学の出身者が多いのは、
地方のいわゆる「進学校」(主に公立)がいまだ共学化に
踏み切れていない現状の反映だと思われる。
私自身、高校時代の3年間は男子校で過ごしたが、
それはあえて別学を選んだわけではなく、
他に選択肢がなかったからである。
さらに言えば、国籍や家庭環境、思想・信条、
興味・関心、心身の発達度合いが異なる子どもを
異なる学校で教えることが「違いを尊重」する
ことにはならないように、異なる空間で学びながら、
男女の違いを「尊重」できるわけもなく、ましてや
身近に存在しない異性を「敬い大切にする心と態度」など、
どうやって育てるというのだろうか。
この意味において、今あえて「別学がいい」と
主張することにどれほどの意味があるのか。
むしろ、面倒な気遣いや緊張感もありつつ
(教師にとっては「余計な」生活指導の手間も増える?)、
日常的に異性と接する中で、他者を理解し、
自らの「性」を客観視できる自律した大人を育成することこそ、
国際化の時代において、「未来を担う子どもたちの健全な教育」
と言えるのではないだろうか。










同郷かつ同世代なのですね!ぜひ引き続きお付き合いください。
ご指摘のとおり、やはり「別学」礼賛信仰は科学的根拠に乏しい
「ニセ科学」の部類だなと確信しました。
続けての感想も楽しみにしております。御礼まで{YES}
macchan1109
が
しました